石島公認会計士事務所
公認会計士・税理士
石島 慎二郎
「ありがとうございました!」
店頭で明るくお客さんをお見送りするイチノセを、レンは店内から眺めている。
厚メガネで地味な風貌はそのままだが、以前よりも明るくなった気がする。
「イチノセさん、今日もお疲れさま。それと前に注文されていた本ね」
そういってレンは給与袋とイチノセが過日注文し入荷した本を手渡す。
「ありがとうございます!この本、楽しみにしていたんです。
最近ここで働いているせいかついつい本を買って増えているから読むのがんばらなきゃ!」
そういって無邪気に笑うイチノセを見て、レンは緊張してしまう。
「そうだね。学校もあると思うし、がんばってね。」
「ああぁ~なんか緊張した~~。」
レンはイスの背もたれから大きく体をのけぞらせ、天井を仰ぎながらこぼした。
「ほほう、便りを本に挟んで渡すとは、なかなか乙ではないか。」
シブサワが楽しそうにぐるぐると回っている。
「ええ、せっかく昔ながらの手紙という方法で伝えるわけですから、
普通に渡すだけじゃちょっと物足りないと思いまして。」
シブサワのペースになっていることに気が付かず、レンは得意げな顔で応じた。
そんなやり取りをしている中、凛とした声が店内に響いた。
「こんにちは。」
上品で落ち着きがありつつも力強いよく通る声である。
「いらっしゃいませ!」
レンが慌てて店員モードに切り替えて目を向けると、
そこにはシンプルな服装ながらアクセサリーがポイント使いされ、派手過ぎないが目をひく美人の姿があった。
どこかで見たことのある顔だ。レンが考えている間にも、美しい歩き方で女性が近寄ってきた。
「店長さんですよね?私、デザイナーのモトムラ エリカと申します。」
「はい、店長のサワムラ レンと申します。」
名乗っている間に、レンは女性が情熱何とかという密着型取材のテレビに
出ていたことを思い出す。
「失礼ですが、モトムラさんってテレビにも出ているモトムラさんですよね?
そのような方がこんな小さな書店に、どのような本をお探しでいらしたのですか。」
レンは正直に思っている疑問を吐き出した。
「いえ、私、本を探しに来たのではないのです。仕事で近くに来ることが多いのですが、
最近、店頭での販売もされていて、お店の改革を進めていらっしゃるのかと思いまして。
もし私もお手伝いできればと思って参ったのです。」
「改革というほどの大それたものでは……。」
「私がお見受けしたところ、この本屋は内装を変えていけばもっとお客様がいらっしゃるのではないでしょうか。
今の時代に合ったものに変えていけば、
きっと若者にも人気が出てくることでしょう。」
「はぁ……。」
レンは気のない相づちを打つしかなかったが、やはりこの美女の言葉には力がある。
たしか、テレビでもどこかの旅館をすごくオシャレにしてうまくいった、
という話だった気がする。
「いきなり全部を、というわけにはいかないでしょう。
まずは、こちらのテーブルを導入してみてはどうでしょうか。これだけでも一気に変わると思います。」
そういってモトムラは、カタログを広げる。
「よ、40万円ですか?!」
こんな小さなテーブルに、とレンは驚いてしまう。
「これは人気アニメで登場した特殊なテーブルでして。このテーブルが置いてある本屋、
といえば、インスタ映えするしお客様が増加することが期待できます。」
店頭販売で客数が増えてきたものの、もっと増やしたいと思っていたレンは、
この提案に思わずうなってしまう。
「わかりました、ちょうどお客さんを増やす手段を探していたので……。」
「ありがとうございます!実は私、前からサワムラさんのことを拝見していて、
若いのにがんばっていらっしゃるって、とても魅力的に思っていたのです。
協力出来たらと考えていましたから嬉しいです!それではテーブルを手配しておきますね」
モトムラはレンの手を握り色っぽい目つきでそういうと、さっそうと店を出て行った。
残されたレンは、そのたたずまいに見とれてしまうのであった。
「して色男よ、あのべっぴんさんをどうするのかね?」
シブサワが茶化してくるのでレンはむすっとした顔でにらみつける。
「あの人どうこうではなく、お店のために買っただけですから。
しかし40万か~すごい出費だな。そういえばシブサワさん、これも消耗品費で良いのですか?」
「いや、これは費用ではなく資産じゃな。」
「資産??」
「さよう。費用はその刹那で使われるものじゃ。
交通費や水道光熱費を考えてみよ。使って終わり、じゃな?
一方で、購入した机は使い切りというわけではなく長く使うものじゃろう?そうしたものは資産となる。」
「損益計算書に書くものは収益、費用、利益でしたよね。ということは『資産』っていうのは……。」
「さよう、『貸借対照表』にいくのじゃ。」
「貸借対照表も右、左が一致するわけですね。」
「そのとおり。そしてこのように貸借対照表の右と左は3つに区分されておる」
「現金や預金、そして代金を受け取る権利である売掛金はプラスの財産で『資産』ですよね。
今回出てきた備品もプラスの財産で『資産』。
この前出てきた仕入代金や今回の備品代金でまだ払っていないもの、
買掛金や未払金は会社にとってマイナスのものだから『負債』というわけですか。」
「そのとおりじゃ。純資産は資産と負債の差額ということだけ頭に入れておけばよい。
差額で会社の財産がプラスかマイナスかわかる、とだけ覚えておくがよかろう。」
「わかりました。しかし収益・費用とか、資産・負債とか、分け方が難しいですね……。」
「収益や費用の方が直感的にわかりやすいじゃろう。
収益・費用にならないものは貸借対照表にいくと考えておけばよい。」
レンは頭をかきながらうなずいた。
「してレンよ、あのべっぴんさんはどうするのじゃ?」
シブサワがニヤニヤしながら再度聞いてくるので、レンは黙って本を閉じた。