簿記

厚いメガネの奥と会社のもうけ 6

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石島公認会計士事務所
公認会計士・税理士
石島 慎二郎

「さて、売上をどう伸ばすかだが、どうしたもんかな。」

ヤマモトが問題を提起すると、皆腕を組んで考え込んでしまう。

しばらくして、イチノセが何か思い出したようにおずおずと切り出した。

「あの~店頭で販売会をやるのはどうでしょう?

昔、道で本を売り出すイベントがあって、ついついのぞいて買ってしまったことがあったんです。

まずはお客さんに興味をもってもらうことからかな、って……。」

自信がなさそうに声が小さくなっていくイチノセだったが、ヤマモトが手を打った。

「それはいいかもしれねぇな。この本屋は入れば最高の居心地だが、

一見さんには入りづらいかもしれん。魅力を知ってもらうためにとにかく呼び込むことから。

お嬢ちゃんのアイデアはいいんじゃないかい?」

「そうですね。店の前で声かけしながらやってみるのはおもしろいかも。

ありがとうございます、イチノセさん!」

レンが笑顔でお礼を言うと、イチノセは「い、いえいえ、そんな……。」と顔を赤くした。

数日後、やや暑い明るい日差しを浴びながら、店頭にはレンとイチノセが並んでいる。

「おもしろい本の特集販売やってます、よければご覧くださーい!」

通行人に声をかけると、

「あら、この本懐かしいわ。昔読んでもらったのよねぇ、

今度はうちの子に読み聞かせてあげようかしら。」と目をほそめながら

ママさんが買ってくれるなど、反応は上々だった。

「ありがとうございます。よければ中も見ていってくださいね!」

このような調子で、今まで見向きもしなかった人が立ち寄ってくれるようになり、

イチノセの狙いは的中だったのだ。

常連会で相談した通り、店頭で販売会を行ったのだが、店内のこともあるからということで、

イチノセが手伝ってくれているのだ。

一段落したところで二人は休憩を取ることにした。

「イチノセさん、お疲れさま。おかげでなかなかの反応もらえているね」

そう言いながらレンが店内で冷たい紅茶をイチノセに差し出すと、

いつもの厚メガネを外し顔の汗をぬぐいながらイチノセは紅茶を受け取った。

「はい!喜んでくれるお客さんが多くて、私もすごく嬉しいです!」

イチノセは、いつもと違いはきはきと、そして清々しい笑顔で応じた。

よほど自分の案でお客さんが来てくれているのが嬉しいのだろう。

しかしそれよりも、地味な厚メガネでわかりづらかったが、

メガネを外すとイチノセはとてつもなく綺麗な顔立ちをしていて――

レンは電池が切れた機械のように体が硬直してしまう。

「あの……どうされました?」

イチノセは慌ててメガネをかけなおしレンを心配そうにのぞきこむ。

「ああ、いや、なんか全然違うな、って思って」

レンはごまかすように冷たい紅茶をすすった。

「はい、イチノセさん、今日はどうもありがとう。今日のバイト代ね。」

夕方、そういってレンが封筒をイチノセに渡すと、イチノセはまごまごしている。

「そんなバイト代だなんて……お手伝いしたかっただけなんです。」

「いいからいいから。また手伝ってくださいね。」

そう言うとイチノセは顔を赤くしながら、それではこのお金でまた本を買わせていただきます、と

言いながら封筒を受け取り帰って行った。

「ふぅ、疲れたな」

夜になってレンが居間に腰を下ろすと、シブサワがニュッと近づいてきた。

「お疲れさん。どんな塩梅かの?」

「わかっていますよ、簿記での記録ですね。

この前コッコ会から仕入れた本が一通り売れて、と……。」

「今日は現金販売のみの売上ですから、これでよいのですよね?」

「うむ!では費用の方はどうじゃ?」

「この前コッコ会から本を仕入れたときに記録しましたよね?こんな感じで。」

「さよう。ではもうけはどうじゃ?」

「ええと、『収益―費用=利益(もうけ)』でしたね。

そうなると、収益100,000円-費用80,000円=利益(もうけ)20,000円、ですね。」

「そうじゃそうじゃ。単純じゃろう?

何が起こってどれだけもうけたか、こうして把握できるわけじゃよ。」

「そうですね、これを積み重ねていけばいいわけですよね。なんかやれる気がしてきました!」

レンは居間の畳で仰向けになる。

この調子ならいけるかもしれないという希望とともに、メガネを外したイチノセの顔が浮かんできた。

「あれは本当に……驚いたな」

レンは胸の内側がむずがゆくなるのを感じた。

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