石島公認会計士事務所
公認会計士・税理士
石島 慎二郎
あれからずいぶんと時間が経った気がする。
一人舞い上がって一人勝手にショックを受け、もう考えないようにしようと思っていたが、
裏腹にずっと気になって仕方がない。
書店にもずいぶんと足を向けていない。レンさんはどうしているのだろう―――
イチノセはずっと悶々とした日々を送っていた。
そんなぼんやりとした気持ちで歩いていると、まさに渦中の人物が街で声をかけ続けているのにばったりと出くわした。
イチノセは、思わず身を隠してしまう。
「そうなんですよ~良い本屋にしたくて。
いろいろとご意見聞かせていただきありがとうございました!参考にします!」
深々とおじぎするレンは、どことなく振り切ったような清々しさがある。
「そっか、レンさんがんばっているんだ。」
本屋からは足が遠のいていたが、
「サワムラ孫のやつ、書店をおかしくしちまってよ、あのままじゃなぁ。」と
ヤマモトから様子は聞いていた。
「きっと、また変えなきゃってレンさん思ったんだな。
本当にああやってがんばっている姿を見るとやっぱり……。」
よしっとイチノセは決意した。
「レンさん!」
声をかけ続けていた自分に、急に声をかけられたレンはビクッとしてしまう。
「い、イチノセさん?どうしてここに??」
「たまたまですよ。それより、またお手伝いさせてください!」
厚メガネの奥の瞳をキラキラとさせながらイチノセは言った。
夜になりいつものようにレンは机に向かい、帳簿や参考書を広げた。
シブサワのいる簿記の本もそばに置いてあるが、閉じたままだ。
「さて、会社の決算も進めないとな。今度の決算処理は……貸倒引当金??」
レンはタブレットを見ながらひるんでしまう。
説明によると、『貸倒引当金は、代金を受け取る権利である売掛金があっても、相手先が倒産してしまった場合には入金
されなくなってしまう。
そのリスクを費用として反映しておくこと』と書いてある。
「はぁ……よくわからん。」
続きには図解があった。
「ああ、将来にお金が入ってこない可能性はゼロではないから、見込で売掛金を減らしておくっていうだけのことか。
貸倒とか引当とか、言葉がいちいち難しいんだよなぁ。
眠くなっちゃうよ。えっと、次は…減価償却費??名前がごついな」
レンは誰にともなく不満をこぼしつつ次の項目に進むと、
参考書には、『減価償却は、固定資産の取得価額を耐用年数にわたって配分すること』とある。
「ああ~これはもうムリ!」
レンは机に突っ伏してしまった。
「そうそう難しいことではないぞ、レンよ」
突然の声にレンはビクリとした。
「あれ?シブサワさん!でもどうして……。」
チラリと横を見ると、いつの間にか簿記の本が開いている。
「おぬしが減価償却費で苦しくなって開いたのじゃろうが。
まぁそれはよかろう。それより減価償却費じゃ。さほど難しい話ではないぞ。」
そういってシブサワはさらりさらりと書いた。
「シブサワさん、その顔に似合わず意外とかわいい絵を描くんですね」
「放っておけ。それよりも内容じゃ。建物の例じゃが、住んでいれば次第に古くなっていくことはわかるじゃろう?
同じ固定資産である機械であったり書店で買った値の張るテーブルも同じじゃ。
使っていくうちに古くなり価値が下がっていく。
それは毎年毎年、時間が経つにつれて価値が下がっていく。
それを毎年、それぞれの年の費用にしていくのじゃ。」
「なるほど。最後には価値がゼロになるのだから、
10年でゼロになるように毎年減らしていけばいいだけなんですね。
でもシブサワさん、この10年って誰が決めるんです?
それによって毎年の金額が変わってきてしまうと思いますけど」
「鋭いの!この年数は『耐用年数』といって、
資産が使用できる期間とされておる。
耐用年数表なるもので、資産ごとに細かく決められておるのじゃよ。」
レンはさっそく『耐用年数表』をタブレットで検索してみる。
「本当だ、すっごい細かく書いてありますね……細かすぎてわけがわからないくらいです。」
「さよう。減価償却は、一に耐用年数を確認、二に買った金額を耐用年数で割る、
三にその金額を毎年記録する。
おおまかに言ってしまえばこれだけじゃ。
難しくないであろう?ちなみに貸借対照表ではこうなる。」
「あれ、貸倒引当金と同じ感じですね。」
「さよう!どちらも、資産価値の実態を表すために行うもの。
なので書き方も似通っておるのじゃよ。」
シブサワの最後に言った意味はややわからなかったが、
レンは貸倒引当金と減価償却費が理解できてすっきりした。
「やっぱりシブサワさんの説明はわかりやすいや!
頼らないで決算やろうって決めていたけれど、助かりました!
それとシブサワさん、この前は……。」
レンが申し訳なさそうに言おうとすると、シブサワは優しい笑顔でそれを遮って言った。
「レンよ、おぬしは誠にがんばっておる。ワシもわかっておる。この調子で、がんばるのじゃぞ。」
「シブサワさん……。」
レンが涙を流し拭おうとすると、上半身がビクッと起きあがった。
「あれ……夢……?!」
簿記の本は閉じられ、シブサワの姿もない。しかし涙は流れていた。
「やっぱり久しぶりに……いや、もう少しだけがんばってからシブサワさんに報告しよう。」
レンは顔をゴシゴシとこすってタブレットに向き直った。