中小企業診断士 籔田安之
知財は捉えにくい。わかりにくい。「知的財産とは何ですか」という素朴な質問の答えは様々。専門家が言葉を重ねることによって、ますます分からなくなり「なんとなくありがたいもの」なんて状態に陥ってしまいます。「知財を身近に感じにくい」そんな声もよく耳にします。大切なものとは思っていながら、どうして知財はそんなに敬遠されてしまうのでしょう。
知財に関する情報は、インターネットの普及によって、容易に手に入るようになりました。特許庁の特許情報ポータルサイトJ-PlatPat(じぇーぷらっとぱっと)は優れた情報源です。どんな企業が、どんな特許や商標を持っているのか、無料で簡単に調べることができます。その技術がどんな課題に取り組み、どのように解決するのか、その詳細が示されています。まずは、サイトにアクセスし、トップページの簡易検索にキーワードを入れてみませんか。企業名、発明者の名前、技術の呼称、気になる用語、何でも良いです。
昭和の時代に知財情報を調べるには特許庁を訪れなくてはなりませんでした。素人を寄せ付けなさそうな本庁の玄関を入り、専用のパソコンで検索し、丹念に資料を読み解く必要がありました。分厚いファイルを一枚ずつめくる手間を効率的に行うには、弁理士などプロの仕事が不可欠でした。『知財情報は専門家が扱う』が定説でした。
そんな大変な時代から、平成を経て令和になり、政府の文書の公開と電子化が相当に進み、誰でも国のデータベースに平易にアクセスできる時代に変化しています。根気で書類を調べる昭和とデータを即時に検索する令和。時代が変わっても『知財は素人が扱っていけない』という固定概念が、知財を日常生活から遠ざけると考えます。
『価値あるアイデアや創作物』は公開し、申請し、審査し、登録されることによって、特許権、実用新案権、意匠権、商標権などの権利になります。知的財産は国に登録することで知的財産権になります。開発した技術の詳細を公開することの代わりに独占して利益を得ることができるのが知財制度です。知財を登録する仕組みがあることによって、知財はより社会の役に立つものになります。
少々ややこしい話になりますが、知的財産と知的財産権は同じではありません。発明の全てが特許になるとは限りません。「うちの会社には知的財産なんてないから」というコメントは『知的財産=特許や商標』といった誤解から生まれる発言です。レシピ、製造手順、生産ノウハウ、値付け方法、顧客名簿、仕入ルート、ビジネスモデル、ブランド、デザイン、センス、コンセプト、組織編成、社風、人財、人脈など等、権利になっていない知的財産は会社の中に沢山あります。知的財産がない会社は存在しないと言えます。
現金などの動産、建物などの不動産をまとめたものが有形資産。それと対比する無形資産の一部が知的財産です。その知的財産の中に知的財産権があります。知財に関する会話をする時に、知的財産のこと『広い知財』か、知的財産権のこと『狭い知財』か、を合わせないと話がかみ合いません。この定義のややこしさが、知財嫌いを生む理由の一つと考えます。
もし知財制度がなかったらどんな世の中になるでしょう。知的財産の根源にあるのは人の創造活動です。創造の対義語は模倣です。模倣が多くある社会では技術の進歩が止まります。開発した技術を守る手段がなければ誰も公開せず秘密のままにしようと考えます。目標がなくなり、競争がなくなり、創造する意欲が減退します。ヒットした商品と同じ名前やマークが誰でも使えると本物を見分けられなくなります。誰も安心して商品を買えなくなり、手間がかかり、経済が停滞してしまいます。知財は世の中を下支えしているのです。
知財には多くの効果があります。日常で使える知財情報の使い方を例示してみます。
- 企業を探す:自社の競合企業だけでなく、連携企業を見つける事ができます。
- 傾向を見る:会社の資金余力、人に対する考え方、リスクに対する姿勢が見えます。
- 市場を知る:市場の混み具合や成長性(黎明期か、成熟期か、衰退期か)がわかります。
- 程度を計る:自社技術が他社と比較してどの程度の強さか、その寿命がわかります。
少し視点を変えることで、知財の中から企業を変える手掛かりが見えてきます。
知財は、企業だけでなく社会の生産性向上にきっと役に立つ。そう考えます。
(文責:籔田安之)