石島公認会計士事務所
公認会計士・税理士
石島 慎二郎
もう外は真っ暗になっている。木の梁からぶら下がった電球に書庫内は暖かに照らされ、
レンはシブサワの話をじっくりと聞いている。
「シブサワさん、簿記のポイントは右と左が必ず一致するというのはどういうことです?」
「ちょうどよい、今日の売上を記録せい。簿記でな。」
そう言ってシブサワはあごで売上伝票を取るよう指図する。
「えっと…今日は10人のお客さんがお店で買ってくれて、合計は25,000円ですね。」
「ふむ、それならばこんなところじゃ」
シブサワは、どこからか出した筆ですらすらっと白紙のページ書き込んだ。
簿記の書き方
「これで、25,000円の売り上げがあり、
代金の25,000円の現金が増えたことが
示されているのじゃ。」
「なぜ、『売上 25,000円』だけではいけないのですか?
わざわざ面倒な書き方しなくてもいいのではないかと思いますが…」
「そこが簿記のミソじゃ。代金を支払うときは、皆が必ずその場で現金で支払うか?
そうとは限らないじゃろう。特に会社と会社の支払では、預金で行うことも多かろう。
その場合はいかにする?」
「さっきは現金が増えた、ということは…」レンは少し考えボールペンで書いてみる。
「さよう!同じ本の売上でも、売り上げた結果は違うわけじゃ。
このように右、左に分けて書くことで、何が起こったかわかりやすくなるのじゃよ」
「なるほど…たしかに『売上』だけでは、お金の動きがわかりませんね」
「そのとおり。そして、右と左に同じ金額を書いていくのが基本じゃ。
従い、いくら取引が多かろうが左右金額は必ず一致する、というわけじゃよ。
例えばこのように、な」
「一本一本で右左に同じ金額を書いていくから、当然右左の合計も一致するのですね」
「そうじゃ。これにより、取引の内容がわかりやすくなるばかりでなく、
左右の合計が一致していなければどこかで間違いがあるという確認にもなるのじゃよ。
よくできた仕組みじゃろう?」
「たしかに。最初に考えた人はよくこんな面倒な書き方をしようと思ったものですね。」
「どのような取引が起こったかを端的に示す素晴らしい発明と言えよう。
この簿記を続けていると、最終的に損益計算書と貸借対照表が完成する。
そこにたどり着くことが今のおぬしの目標じゃの。
さて、もう亥の刻、今宵はもう遅い。続きはまた明日でよかろう。本を閉じ、床にはいるがよかろう。」
抵抗がありつつも指示通りゆっくりと本を閉じると、
まるで飛び出す絵本の仕掛けがおりたたまれるように、シブサワは本に吸い込まれていった。
シブサワが去った書庫は、再び静寂を取り戻した。
レンは魂が抜けたようにふらふらと本屋の奥にある居間に移り、布団を準備し横になった。
今更だが、夢ではなかったか――
ぼんやりとした頭にさらに霞がかっていく感覚に包まれながら、レンは眠りに落ちた。