簿記

シブサワの秘密と収益・費用 5

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石島公認会計士事務所
公認会計士・税理士
石島 慎二郎

常連であるヤマモトに、本屋は本当に守れるかと言われたレンは途方に暮れる。

「大丈夫……だとは思うのですが、どうしていいのやら考えているところです。」

レンは苦し紛れに答えるも、大丈夫の根拠はシブサワに教えられた
損益計算書の当期純利益(会社のもうけ)がある、と言われたことだけだった。

自信のないレンの回答に、ヤマモトが慰めるように言う。

「そうだよなぁ、簡単なことではないだろうよ。

このお嬢ちゃんと話していたんだが、俺たちにできることがあれば手伝いたいもんだ。

だが、何をすりゃいいのか、そこは指示してもらわねぇとな。」

「それならばまずは利益を出すことを考えねばならんの。」

真後ろからシブサワの声がしたので振り返ったレンは腰を抜かしてしまう。

「おおおおシシシブブサワワさん!!なんで!!?」

見ると書庫の扉の隙間から漏れ出る煙のようにシブサワが飛び出てきている。

「なんでも何も、先ほどおぬしが本を開いてワシを呼んだじゃろうが。」

そういえば、本は閉じずに戻ってきていた。

しかし、こんなに移動できるとは思わなかった。それよりも何よりも――。

「お、おい、シブサワ孫よ、大丈夫か?」

ヤマモトが尋ねてきて、見るとイチノセも心配そうな顔をしている。

「え?あ、いや、大丈夫というかなんというか……逆に大丈夫ですか?こんなのを見て。」

「こんなの?おまえさんが急にすっころんで奇声をあげりゃ、そりゃ心配するさ。

疲れているんじゃないのかい?」

ヤマモトの言葉に、イチノセも頷いている。

「二人にゃ見えておらんよ。ワシのことはな。」

シブサワに言われ、レンはようやく安心する。

これはこれで自分だけ変人みたいだが――と思いつつ、

ひとつ咳ばらいをしてレンは間を取り繕った。

「すいません、ちょっと足をすべらせて転んでしまいました。

えっと、本屋の話に戻しますが、まずは利益を出すことを考えなければいけないと思います。」

シブサワに言われたことをそのまま反芻する。

「そりゃそうだよな、で、どうするんだ具体的に?」

ヤマモトは当たり前の追及をしてくる。

レンはチラリとシブサワに目を向ける。

「ふむ、そもそも利益というのは、損益計算書で計算されるものじゃ。

損益計算書では、収益から費用を差し引いて利益を算出する。

収益とはもうけを増やす要素、費用とはもうけを減らす要素じゃ。

収益が費用よりも大きければ利益が出るし、逆に収益よりも費用が大きければ利益のマイナス=損失となるわけじゃ。

したがって、利益を最大化するためには、収益をいかに大きく、費用をいかに小さくするかということじゃの。」

「これからは収益を大きく、費用を小さくしていきます」

レンは意味がよくわかっていないまま二人に話すが、当然二人にも伝わらない。

「収益、費用ってなんですか?」

イチノセが無垢な顔で聞いてくる。シブサワはレンに向かっていった。

「収益は金を増やすものと考えておけばよい。売上が代表じゃ。

利息の受取などもある。費用もいろいろとあるが……、お、ちょうどよいところに来おったわい。」

「こんちーは、コッコ会でーす」

本の詰まった段ボールを抱え、赤い帽子に白い制服の青年が入ってきた。

コッコ会は、本を卸してくれている業者である。

「ではこっこにサインをくだ-さい。はい-、ありがーとうございましーたっ」

コッコ会の青年は不思議に伸ばすしゃべり方で本を納めると、

さっさと去っていった。

「レンよ、それが費用のひとつ、仕入じゃ。

モノを売るにも、仕入れねばならぬ。今まさに、おぬしは仕入を行ったわけじゃな。仕入代金は支払わなければならぬ。

それはもうけを減らすものであるから、費用となるのじゃよ。ちなみに今回はこうじゃ。」

※買掛金は売掛金の反対で後日代金を支払う義務のこと

もうけを増やす売上(収益)は右側だったが、もうけを減らす費用は逆に左側に書く

「そうか、収益である売上を大きくして、費用である仕入を小さくする。

そうすると、差し引きの利益が大きくなる。それを目指していかなければいけない。」

思わずシブサワに答えてしまうレンであったが、

シブサワの声が聞こえてないヤマモトは勘違いして続ける。

「そうだな、仕入はサワムラ孫が何とかするしかないだろうが、

売上を伸ばす手伝いなら何かできるかもしれないな。

それで今日もこんだけ買ったわけだが……いや、この本は俺が読みたかっただけだ。」

ヤマモトのあまりに露骨な照れ隠しに、レンとイチノセは顔を見合わせて笑ってしまった。

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