簿記

遭遇、原価と在庫 10

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石島公認会計士事務所
公認会計士・税理士
石島 慎二郎

イチノセは、きれいに整頓された自室のベッドで寝転がり、

ずっと大事にしているウサギのぬいぐるみを抱えながら考え込んでいる。

「年上の方がいいのかな?すごい美人みたいだし。」

ヤマモトの言葉が頭から離れない。

「なんでこんなに重い気持ちになるんだろう……。」

ウサギの後頭部に顔をうずめ目を瞑る。

しかし、頭の中ではぐるぐると同じことを考えるばかりだ。

「そうだ、こういうときは本を読むのが一番!」

気を取り直して起き上がり、厚メガネをかけて先日買った本を手に取る。

「学校の課題に追われてだけど、ようやく読めるし、次の本を買いにいくためにも……。」

そうつぶやき、本屋に行きたがる自分に気付き再びウサギに顔をうずめる。

「と、とにかく読書読書!」

勢いよく本を開くと、何かがはらりと落ちた。

「なんだろう?」

拾い上げてみると、それは綺麗な文字ではないが丁寧に書かれた手紙であった。

本屋の仕事とは別にお話してみたいので今度食事に行きませんか――

なんとも古風であるものの、大正・昭和の読み物が好きだったイチノセにとって、

ど真ん中の素敵なお誘いであった。

「私、しばらく前にもらってたのに気がつかなかったんだ。……明日、本屋に行かなきゃ!」

イチノセはウサギのぬいぐるみの両手を取り、力強く抱きしめた。

「それでは、また水曜日に。」

「はい。楽しみにしています。」

店頭でレンはデザイナーのモトムラの手を握り、封筒を渡した。

店に戻ろうとするレンを、ヤマモトが「にくいねぇ」と言いながら肘でつついている。

レンは、まんざらでもない顔で「やめてくださいよ」と言い店内に戻っていった。

はたと、足が止まってしまう。

あれが例の美人――呆然としてしまった。テレビに出ている人だ。

手を、握っていた。そして、何か約束し、自分に渡したのと同じように手紙を渡していた――全身からすべての血が引いたような気がした。

「サワムラさん、そうなんだ……。」

イチノセは、景色がぼやけるのを感じつつ、本屋と反対の方向に足を向けた。

レンは腕まくりをして店内をぐるりと見まわした。

「さて、モトムラさんから買ったテーブルもあるし、

本も入れ替えるとすると、大掃除・大整理だな。」

モトムラは、テーブルのみならず、並んでいる本のラインナップを変えた方がよい、

とにかくインスタ映えする本を並べた方がお客様がくるだろうと提案し、レンも受け入れることにしたのだ。

「さ、大改革に取り組むか。手伝いが欲しいところだけど、

イチノセさん最近来ないしなぁ……自分ひとりでがんばるしかない、か。」

夜になり、簿記で記録することが日課になってきたレンは、シブサワに尋ねる。

「シブサワさん、そうえば今回たくさん本を仕入れますけど、全部費用でいいんですか?」

「そうではない。費用となるのは売り上げた分だけじゃよ。残りは在庫となる。たとえば、100冊を100,000円(単価1,000円)で仕入れたとする。

このうち、80冊を売り上げ、20冊が残っている場合、費用となるのは80冊分のみというわけじゃな」

「それなら在庫がどれだけあるか、数えなければいけませんね。」

「さよう。それが在庫棚卸というやつじゃな。覚えておるか?

会社のもうけに関係するものは損益計算書、

それ以外は貸借対照表にいくと言ったじゃろう。在庫はまだ売れていないから会社のもうけには関係ない。

したがって貸借対照表へいくというわけじゃ。」

「売れた分は会社のもうけに貢献しているから費用、

ということですね。

けっこう細かいところまで考えるんだなぁ……。」

「女心と同じじゃよ、レン。」

「………。」 シブサワに言われ、またしても傷心するレンであった。

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