石島公認会計士事務所
公認会計士・税理士
石島 慎二郎
「やっぱり無理かな……」
昔ながらの木造の建物に、木材であしらった落ち着きのある書棚で統一された店内。
その中には、メガネをかけた女性と年配の男性がいるのみ。
初夏の蒸した空気と、書店ならではのやや重苦しい沈黙が広がっている。
この書店『サワムラ』は、おじいちゃんがずっと守ってきた。
大好きだったおじいちゃん。自分は小さいころから家と近いこの書店によく通い、
おじいちゃんに遊んでもらった。おじいちゃんとお客さんが談笑する姿も好きだった。
そんなおじいちゃんが、先日亡くなった。
中学からは住まいが移り書店に近づく機会も失っていたが、
大学を卒業し社会人となったものの
1年とたたずに会社を辞めてしまった自分は、おじいちゃんが亡くなり
書店を閉めるしかないないとの話が親族間で出たとき、
たまらずに「自分がやる!」と言い出してしまったのだ。
思い出の店をなくしたくない――
その一心で言ったものの、どう見てもうまくいく気がしない。
「ありがとうございました~」
閉店時間になり最後の客を見送った後、味のある木材にガラスをはめ込んだ重い扉を閉め、
そこに一枚の張り紙を貼る。
『今月末をもって当書店は閉店します。長い間のご愛顧ありがとうございました』
これでいい、こうするしかないんだ――
悔し涙をぬぐい自分に言い聞かせるようにし、店内に戻った。
「さて、閉店するなら整理していかないと。」
まずは、ということで書庫を整理し始めた。
雑多に積まれた本やら書類やらをまとめていく。
「ここだけでも大変だな。」
苦労しながら書類の山を整理していくと、まるでかくれんぼしていたかのように、
部屋の片隅からやたら古びているが凝った作りの小さな机が姿を現した。
「あれ、こんなのあったんだ。」
引き出しのやや錆びた取っ手を引く。すると、ずいぶんと古ぼけた本が入っていた。
ずいぶん昔の書体と思われる文字で表紙に何か書いてある。
「えっと…『簿・・・・記?』って書いてあるのか?」
雑に扱うと崩れるのではないかと思われるその本の表紙をめくってみる。
すると驚きの事実に直面する。
「あ……あれ?何でこの本何も書いていないんだ??」
不思議に思い次のページ、次のページへと進んでいっても何も書いていない。
「なんなんだこの本?!」
それは一瞬の出来事だった。
とあるページを開いた瞬間、まばゆい光で目がくらんだと思ったら、
怪しげな霧とともに年配の男性が目の前に立っていた。
「ふぅぅ、久しぶりに外の空気を吸ったわい!」
現代的ではない、教科書で見たことのあるような服装をしている男性。
服装のことよりも、本から生えているようにしか見えない。
「あの……どちら様?」
あまりの出来事に間の抜けた質問を投げかける。どう考えても、聞くのはそこではない。
「おお、すまんすまん。ワシはシブサワじゃ」
「シブサワさん?」
ご老人に名乗られたが、なぜここにいるのか。なぜ本から出てくるのか。
「あの、シブサワさん、なんで本から出ているのです?」
この質問に、逆にシブサワは驚いた。
「おまえさん、あまり驚かんのだな…ワシは自分で言うのもなんだが経営には通じておる。
書店再興のためおまえさんに協力をしようと思って出てきたのよ。」
聞いたことに対する答えになっていないが、書店再興という言葉にはっとして、
「えっ、もしかしてシブサワさんって今話題の新紙幣のシブサワさん??」
「新紙幣?なんのことやらよくわからんが、まぁそんなもんじゃろう。」
やや会話がかみ合っていない気がするが、こうして自分とシブサワとの不思議な書店再生計画が始まった。